新年あけましておめでとうございます。
みなさんはどんな2011年を迎えられましたでしょうか?
わたしは故郷の伊豆下田には帰らず、東京で、ひとり、じっくり充電の年末年始でした。

新しい年の始まりというのは、毎年、気持ちが清々して、
さあ、今年はどんな一年にしようか、何を目標にしようか、
やりたいこと、追求したいこと…どんな高い山でも、
登れてしまいそうな気持ちになるから 不思議です。

写真は、伊豆下田・大浜の元旦の写真です。去年のですがお許しを。
海はわたしにとって特別な存在です。
多感な10代のころ、大事なことこそ誰にもいえず、ひとり抱えたものは
海と対話することで消化してきました。
伊豆で生まれ育ったわたしにとって、海は逢いたくなったらいつでも逢える友だちでした。
学生時代はサーフィンにあけくれ、毎朝海へ走りました。
学校の教室にいても、街を歩いていても、どこにいても、
潮の香りと、ときおり流れてくる波の音を感じながら、育ってきました。

海は、わたしがどんな状態にあっても、まったく変わらずにそこにありました。

とにかくいつでも、どんなときでも横を見ると海は同じようにそこにあり、
この小さな街を包み、きちんと満ちたり引いたりしていました。
誰かといっしょに行っても、一人で行って黙っていても、どちらにしても決して見飽きることはない。

波の音も、潮の香りもすべてが心地よい。
自分がそこに含まれている感じ、抱かれているあたたかさをいつも感じていました。

『竜馬がゆく』に、こんなシーンがあります。

まだ少年の竜馬が母との別れが近づいたある日に、二人で海へ行く。
別れを悲しむ竜馬に向かって母が優しく語る。

「竜馬、“海”という字をよく見てごらん。ほら、ここに母がいるでしょう。
母上のことが恋しくなったら海を見なさい。そして母上のことを思い出しなさい」

竜馬は、目を輝かせて海を見つめる。そして思う。

「ほんとうだ。海は広くて大きくてあたたかで、まるで母上のようだ」と。

そして竜馬は、母の元を離れ旅立つ——

わたしはこのシーンがとても好きです。“海”という字には母がいる…。
そう、10代のわたしにとって海は母であり、父であり、兄妹であり、友達でした。
海は、見ているものがことさらに感情移入しなくても、きちんと何かを教えてくれるように思えました。

会いたいと思えばすぐに会えるひと。拒まれもせずに。それが海。
とにかく海は空気とおなじような存在だったので、その偉大さや必要性について特別思うことはなかったけれど、今こうして都会で海を見ない生活をしていると、不意に無性に海が見たくなるときがあります。

わたしが「平衡」をおもった海、みなさんは何に向かって思うのでしょう。

昨年、ご縁あって「どよう酒場」という場所をお借りすることができました。
たくさんのお客様に愛され、毎週土曜日の夜を、たくさんの笑顔とともに
過ごせることはわたしにとって、大きな喜びであり、励みであり、背中を押してくれる時間です。
わたしにとっての「海」のような存在になるのは無理かもしれないけれど、
みなさんが日頃の緊張や思い煩うことなどから解き放たれ、
ぎゅっとなったこころとからだを、束の間でも、ゆるめて、ゆだねられる場でありたいと願っています。

今年の初売りは1月15日(土)。17時からです。

どうぞみなさま、本年もどよう酒場をよろしくお願いいたします。

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新宿御苑前 伊豆のうまいもんと酒 【どよう酒場】

東京都新宿区新宿1-30-4(「豆太」内)

丸ノ内線「新宿御苑前」2番出口より徒歩3分

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